独往(どくおう)、これは私の雅名です。
料理人として「我ひたすら我が道を行く」私が20代
の後半に初めて「TAO」で料理長に成った時、関西で
初めて「ヌーベル・シノワ」を全面に打ち出したので
広東料理の長老連中から非難を受け異端児あつかいを
受けました。その時以来私は独往を雅名とし、志して
来ました。
伝統、基本をしっかりと心得た上で自分らしさを加え
「温故知新」の精神のもと中国料理における「ヌーベ
ル・キュイジーヌ」を目指してきました。
最近よく見られる「創作料理」とは違って、私は決し
て奇をてらう事はしない。変える必要のないものは変
えない。自分の調理理論の中で必然性のある時だけ変
える。伝統的な料理の中には全く帰る必要のないもの
も沢山あります。それを奇をてらって変えてしまうの
はナンセンスであり、本当に美味しいものは出来ない
と思っています。
私は約15年間「ヌーベル・シノワ」を作ってきまし
たが創作料理と混同される事がいやで、当店「同源」
では「ネオ・クラシック」な料理を作る事にしていま
す。
一皿の料理を見て、一見何の違いを見付け出せないも
のでも、一口食べて美味しい。何かが違うと感じて頂
く事が出来ればそれで充分です。食材の下ごしらえが
違う、火の入れ方が違うかを感じて心に響く料理を作
りたいのです。
「守拙」(しゅせつ)と言う言葉があります。「つた
なさを守る」という言葉です。
職人はよく自分の技におぼれ、食材に手を加え過ぎる
事があります。これはそういった事を戒める言葉です
守拙の境地で食材と向い合える様、日々の精進いたし
ます。
法有るを貴び、法無きを貴ぶ
法無きは非なり、法有るに終るは更に非なり
この言葉は一見矛盾して見えますが、私はとても気に
入っています。芸術や技術などにおいて「名人」を目
指す者にとっては、まず良い師匠に付き、基本をしっ
かり習得する事が大切である。がしかし、師匠から教
わった事だけで満足し型にはまり、自分なりの自由な
発想を加え創作する事を怠るのは非であり、師匠をも
たず基本がない者よりも更に非であると私は解釈し、
共感しています。
同源オーナーシェフ 銭 明健